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2007年5月14日 (月)

「黄金の七人」

【この映画を観ずに死ねるか!】

「黄金の七人」(1965)
(SETTE UOMINI D'ORO/SEVEN GOLDEN MEN)
(監督)マルコ・ヴィカリオ(出演)フィリップ・ルロワ、ロッサナ・ポデスタ、ガストーネ・モスキン、ガブリエル・ティンティ、ホセ・スアレス



 ま、数ある「銀行強盗もの」の映画の中でも、「痛快無比!」「向かうところ敵なし」ってくらい面白いのが、この1965年のイタリア映画「黄金の七人」です。

僕は確か、昔にTVか何かで見て、非常に面白かった記憶があり、のちにビデオで見直したのですが、いやはや、何度見ても非常に面白い!未だに「完全無欠」と思える記憶が残っています。

何が面白いって、銀行から金塊を奪うってストーリーを描くにあたって、余計なものは一切挟まず、冒頭からいきなり計画が始まっており、無駄なストーリーが絡んでこないってのが良いです。

「教授」と呼ばれる計画の首謀者を中心として、その傍らに妖艶な美女も絡み、計画実行者たちとの二転三転するどんでん返しも絡んで、痛快なラストまで一気に突き進む潔さ!

全編90分程度で、コンパクトにまとめてあるあたりが、「シンプル・イズ・ベスト」の要件を兼ね備えていますね。

そして、この映画はファッションと音楽もステキです。

全編を流れる音楽も、今に通じるおしゃれさがあり、内容も含めて未だに色あせない面白さとおしゃれさが満載されていると思います。

同じく「銀行強盗」「泥棒」映画としては、これまた痛快無比でコミカルなピーター・イエーツ監督の「ホット・ロック」(THE HOT ROCK:1971)か、実話を元にしたウィリアム・フリードキン監督の「ブリンクス」(THE BRINK'S JOB:1978)と並んで、ハズせない名作であります。

そして、この映画を観なければ、人生を損する!と言えるが、この「黄金の七人」と「ホット・ロック」の2本でしょうね(^^)


2006年8月27日 (日)

「破壊!」

【この映画を観ずに死ねるか!】

「破壊!」
(監督)ピーター・ハイアムズ(出演)エリオット・グールド、ロバート・ブレイク



 今回紹介するのは、ピーター・ハイアムズ監督の「破壊!」(BUSTING/1974)です。

この映画、70年代のアメリカン・ニューシネマの雰囲気を汲む刑事アクション映画の大傑作です。
時代的には「ダーティ・ハリー」や「フレンチ・コネクション」の登場したあたりで、大きくその括りに入れられると思いますが、その中でも特に、地に足の付いた等身大の主人公二人の這いつくばる感覚が見事で、数多くある「刑事アクション」映画の中でも異色の一品となっています。

 もともとは、僕が監督のピーター・ハイアムズのファン(と言っても「カナディアン・エクスプレス」以前の、ですが(^_^;))って点があるので、この作品に対する思い入れは非常に強くなっています。

彼が監督デビュー作として作ったのが、この「破壊!」なのです。

よっぽど思い入れがあるのか、彼はのちに「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」(RUNNING SCARED:1986)で、再び軽快な刑事コンビものを撮るのですが、その原点になっていて、しかも彼のフィルモグラフィでも「カプリコン・1」と並んでベストと言えるのがこの「破壊!」なのです(いや、「アウトランド」も「密殺集団」「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」も見事なのですが(^_^;))。

最初に見たのがTVでなのですが、その当時、主人公二人の吹き替えを伊武雅刀と尾藤イサオがやっていて、これが又、非常に似合っていてカッコ良かったんですよね(^_^;) 渋い声で、やさぐれて落ちぶれた感じが非常にリアルに出ていました(^_^;)
未だにこの映画を思い出す時は、吹き替えの声をイメージして思い出すくらいです。


 ドラマは、風紀取締係・・・早い話が風俗関連の犯罪を取り締まっている二人の刑事が、街の暗黒面を牛耳るリゾーってボスを追い詰めていくって話です。

しかし、このリゾーって奴はご多分に漏れず警察内部にも影響力を持っていて、追い詰めていく二人を警察の警察の上司は現場から外し、公衆トイレの痴漢監視に移すわけです。

それでもなお、執念深い二人はリゾーを追い詰めていくのですが、リゾー側も黙ってはおらず、暴行で脅しをかけてくる。

それでもめげない二人は、最後の最後に麻薬取引でリゾーを追い詰めるのですが、ラストで・・・って物語です。


 まず、エリオット・グールドの風貌が良い!

彼のボサボサな頭と濃いひげ、スタジャン姿ってのが、どう見ても刑事に見えない軽い格好で、それが又非常にかっこ良く見えたりするんだから(^_^;)

彼はのちに、同じくハイアムズの監督する「カプリコン・1」でも名演技を見せてくれるのですが、ここではなぜかヒゲをバッサリと切り落として、さっぱりした顔だったので、僕としてはヒゲ面の「破壊!」でのグールドの方が風貌的に好きですね(^_^)

対するロバート・ブレイクも、吹き替えと違って元の声は甲高い声なのですが、グールドと丁々発止の漫才コンビのように(ブレイクが突っ込み役?)演じているのは、息が合っていて良いですね。 このあたりのコンビ風味ってのは、そのまま「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」のビリー・クリスタルとグレゴリー・ハインズの軽妙洒脱コンビに引き継がれていきます。
いや、よりコミカルに、よりおバカに軽口をたたくようになってましたが、そりゃ、ビリー・クリスタルを主演にした時点でコメディになっちゃうでしょう(^_^;) ま、それが「シカゴ~」の方の最大の魅力になっているんですよね(^_^)

 二人が執念深くリゾーを追い詰めるシーンも良いが、干されてトイレの痴漢監視に二人して張り込むシーンの情けなさ全開な部分も面白い(^_^)
だって、ハリー・キャラハンならこんな事しないでしょうからね(^_^;)

なぜに、ここまで執念深く追い詰めるんだ?って気にもなりますが、やられればやられるほど、依怙地になってリゾーを外堀から埋めて行くあたり、痛快さを感じさせるドラマになっていると思います。

仕事を干され、殴られて脅しをかけられ・・・と、逆襲されればされるほど、さらに執念の炎を燃やしてリゾーを追い詰める。
この執念深い姿に、漫才コンビのような軽口を叩いていても、その裏には正義に燃える炎を宿しているんだなと感じて、観ているこちらをグイグイ引き付けて行くのです。

さて、その最後ですが・・・それは、この文章の最後に「ネタバレ」として書きます(^_^;)


 この映画、ドラマだけでなくアクション場面も素晴らしいのです。

刑事アクションの名アクション場面と言えば、いわずと知れた「フレンチ・コネクション」の高架下のカー・チェイス・シーンを思い浮かべますが、それ以上に、この「破壊!」のアクション・シーンも見事なのです。

まず、アクション・シーンでの見所は2箇所。

(1)中盤、スーパーマーケットまで走って追いかける銃撃戦シーン。

(2)ラスト、救急車でのカー・チェイス・シーン。

まず、(1)に関しては、マンションの一室で麻薬取引をしている所を、主人公二人が飛び込んで、いきなりの銃撃戦しつつの追いかけっこになる。

マンションの一室から飛び出した犯人を追って、そのマンションの螺旋階段の吹き抜けを使って銃撃を行う。
追う刑事二人は、階段を途中でもんどりうって転げ落ちたりしながらも追っかける!
木製の手すりを吹き飛ばして敵の銃弾が飛んでくる!

その後、地上に出たあと、夜の街を走って追いかけていく二人をカメラが道路向かいから走って追う!追う!追う!

その後、逃げた犯人がスーパーマーケットに入って走っていく姿を、犯人の「前」に位置するカメラが後方の犯人にカメラを向けたまま、後ろ向きに走っていく。
犯人も、カメラを向けられたまま、途中、客が多く居る中を、客を突き飛ばし、ディスプレイの缶詰の山をなぎ倒しながら逃げる!逃げる!逃げる!

と言うわけで、その後は人質を取って・・・って事になるのですが、とにかくマンションの一室から始まった「走る!走る!走る!」ってシーンと、それを捕らえるカメラが素晴らしい!

僕は、とにかくアクションってのは「走ってなんぼ!」と思っているので、下手に爆破シーンだとかカー・チェイスで派手に描くよりも、シンプルに刑事が犯人を追っかけて人ごみをより分けて走っていくシーンが、躍動感があって大好きなのです。

その意味では、監督のピーター・ハイアムズは非常にアクションを心得ている人で、のちの「密殺集団」の冒頭でも、延々と犯人を刑事が追うシーンがあったし、「アウトランド」でもショーン・コネリーが犯人を追って衛星の植民地の生活空間を延々と追いかけるシーンがあったし、「プレシディオの男たち」でもサンフランシスコのチャイナ・タウンでの追いかけっこがあったりと、走る事に関しては、特に人間が足で稼いで走る事に関しては徹底してこだわりを持っている監督だと思います。

(2)に関しては、もうひとつのピーター・ハイアムズの本領発揮部分であり、凡百の刑事アクション映画のカー・チェイスとは違う事を示す名シーンです。

病院から逃げていくリゾーが、救急車を奪って逃げていくのですが、それを追う刑事二人も救急車を奪い、救急車同士のカー・チェイスが始まるのです。

そのカー・チェイスを、とにかく「地面スレスレのアングル」からカメラが撮る!撮る!撮る!

そう、ハイアムズの映画では、この「地面スレスレのアングル」のカメラから捉えたカー・チェイスってのが、やたらと登場するのです。

これは、ハイアムズ自身が監督のみならず撮影監督も兼ねている作品が多くあり、この「破壊!」でも監督のみならず撮影も担当している事によると思います。

いずれにしろ、ハイアムズはのちの「カプリコン・1」でも「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」でも、「プレシディオの男たち」でも、とにかく「これでもか!」ってくらいロー・アングルで捉えたカー・チェイス・シーンを撮っています。

この「破壊!」でも、そのロー・アングルが功を奏していて、非常にスピード感と緊迫感あふれるカー・チェイス・シーンに仕上がっているんですよね(^_^;)
このあたり、やたらと運転手の顔のどアップばかりのカー・チェイスしか撮らないマイケル・ベイに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいですね(^_^;) ベイのカー・チェイスはアップしすぎて逆に迫力が実感出来ないで、下手にしか感じられませんから(^_^;)

 さて、このドラマの結末についてですが・・・


※以下、ネタバレがあります。


 この映画、最後は追い詰められたリゾーがエリオット・グールドに向かって「捕まえてもすぐに出てくるぜ」と挑発するシーンで終わるのです。

映画のラスト・ショットも、リゾーに銃を向けたグールドの顔で終わるのですが、「その後」はシーンとして描かれず、グールドの顔に乗せてグールドが刑事から転職する事が会話だけで語れていきます。

僕はこれをTVで最初に観た時は、てっきりあのストップ・モーションのあと、丸腰のリゾーをグールドが「撃った」為に職を解かれ、転職先を探してたのだって思い込んでいたのですが、のちにいろいろと感想を見ていると、どうやらあのシーンではグールドはリゾーを「撃てなかった」のであったって解釈が正解のようだったので、驚いた記憶があります。

つまり、リゾーが挑発したように、こんなに必死になってワルのボスを追い詰めて捕まえた所で、早々に数年くらいで釈放されて、また元気に悪の世界に戻る事が出来るんだって事で、そんな司法制度に、いや刑事の仕事に嫌気がさして仕事を変えたんだって事らしいです。

僕は、今では後者の意見に染まっているのですが、心の片隅では、前者の解釈もアリなのでは?と思っている部分もありますが(^_^;)

しかし、やはりそのやるせなさ、勧善懲悪のように犯人を逮捕して終わり、犯人を殺して終わりではない、現実の厳しさとむなしさが感じられて、後者の解釈の方が(脚本も書いている)ハイアムズの真意なのではないかな?と思いました。

その点があったのか、のちにハイアムズは司法制度の盲点を突いた「密殺集団」って作品を取ることになります。また、同じ刑事コンビものでも、「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」では、明快な勧善懲悪の娯楽アクション風で終わっているのは、ま、70年代と80年代の時代の差があるのかも知れませんね(^_^;)

(注)いやしかし、最後に語ったピーター・ハイアムズの傑作2本、「密殺集団」と「シカゴ・コネクション/夢見て走れ」が、未だにDVD化されていないのは残念ですね(-_-;)


〔関連作品〕

2006年8月24日 (木)

「L.A.大捜査線/狼たちの街」

この映画を観ずに死ねるか!

「L.A.大捜査線/狼たちの街」
(監督)ウィリアム・フリードキン(出演)ウィリアム・L・ピーターセン、ウィレム・デフォー、ジョン・パンコウ、 ジョン・タトゥーロ、ダーレン・フリューゲル、ディーン・ストックウェル



 今回紹介するのは、ウィリアム・フリードキン監督の85年の傑作刑事アクション「L.A.大捜査線/狼たちの街」です。

いやほんと!この映画を観ずに死ねるか!って傑作中の傑作です(^ ^)

僕はこの映画を公開当時に劇場で観たのですが、その時の衝撃たるや!
間違いなく80年代最高の刑事アクションであり、刑事アクション映画の歴史の中でもフリードキン自身の「フレンチ・コネクション」と並んで金字塔と言っていいほどの名作だ未だに思っています。

フリードキンは、かつて「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」などなど、大ヒット作を世に送り込み、どの作品もキレがあるシャープな感覚にあふれていたのですが、80年代以降は急激にパワーが衰え、どの作品も気が抜けたようなB級感に犯されているものばかりでした。

その中で、今から振り返っても、なぜかこの「L.A.大捜査線」だけは燦然と輝き、70年代の彼の手腕を髣髴とさせる見事なキレが、演出・映像・音楽のどれにも感じられるあたり、突出している作品だと言えると思います。


  ※以下、ネタバレがあります。


 さて、この映画がなぜ素晴らしいか?ですが・・・

それはひとことで言って「主人公の暴走ぶり」に尽きると思います。

この作品を紹介する文章で、途中のハイウェイでのカーチェイスの凄まじさを一番に取り上げるものもありますが、(確かに迫力あるシーンではありますが)それを一番に取り上げる人は、このドラマの何を見てるんだ?と言いたくなるくらいです。

このドラマは、やはり主人公のキャラクター造型の魅力、それのみに尽きるのであり、その見事なキャラクターが映画の中で暴走し始める展開が、観ている者を映画に引きずり込むのです。

この映画、シークレット・サービス(財務省査察部)が主人公であり、厳密には「刑事」アクションでは無いのですが・・・

ストーリーは、ウィレム・デフォー演じる偽札造りの犯人を追い詰める中、冒頭で退職寸前の相棒を犯人に殺された主人公が、その恨みを晴らす為におとり捜査を行って犯人に接近して行くって物語です。

ただ、その追い詰めて行く段階で、次第次第に常軌を逸していく姿が凄い!

主人公が次第次第に暴走していき、おとり捜査に必要な現金が当局から支給されないと分かるや、遂には、新たな相棒とともに自分たちが「強盗」を行って金を手に入れる・・・って、「そりゃ無茶やろ!」と突っ込みたくなるくらいな、暴走ぶりを発揮するわけです。

実はその奪った金は・・・って展開もあり、さらに主人公が混沌の世界へと入っていくわけです。

 最終的には、主人公がラストで犯人と相撃ちになって死んでしまう・・・

なんちゅうラストですか!僕はもう、この展開に衝撃を受けてしまいました。
だって、どこの世界にアクション映画の主人公を死なせる脚本がありますか?
少なくともこんな形で死ぬのは、今まで見たことがありませんでした。

この、ロッカールームでの短いシーン、この、顔面を銃弾で砕かれて血まみれになった、無残な死に様の主人公を相棒が抱えるシーン、このシーンが未だに脳裏に焼きついて離れません。

僕は、この映画の主人公の暴走ぶり、復讐の為に手段を選ばず次第次第にに常軌を逸し始める主人公の生き様にハマったのですが、最後はその暴走ぶりの果ての当然の結果として「死」が与えられたのだと思います。

僕はこの手のキャラクターを「破滅志向型キャラ」と呼んでいますが(^_^;)

 そう、やはりこのドラマの眼目は、破滅志向型キャラである主人公の暴走ぶりであり、その暴走の果ての末路を正面から捕らえた姿なのだと思います。

また、多くの評論がこの作品を称するのに「刑事から刑事に受け継がれる意思」って点を挙げるのですが、まさに冒頭に殺された捜査官に次いで主人公が、そして主人公が死ねばその相棒が・・・と言った感じで意思とキャラクターが引き継がれていく感じがして、全体でトータル的にまとまった感じを受けます。

特に、最初に殺される捜査官はまじめな感じのキャラに見受けられるのですが、ピーターセン演じる主人公の暴走キャラが、まじめだった相棒に感化して、主人公の死後、まじめだった相棒があぶないキャラに変わっているあたり、人間の精神の感応性を感じさせて良かったです。


 キャラクターと俳優で言いますと、やはり主人公の捜査官を演じるウィリアム・L・ピーターセンの「セクシーさ」、これに尽きると思います。

ピーターセンと言えば、今はTVドラマの「CSI」への出演が有名であり、ちょっと中年太りな印象がある俳優ですが、当時は僕は「レッド・ドラゴン -レクター博士の沈黙」(マイケル・マンが監督した一回目の映画化作の方です)の主人公役や「サイレンと・ボイス/愛を虹にのせて」(未DVD化作、是非DVD化を!)の主人公の父親役などが印象に残っています。

この「L.A.大捜査線」では、とにかく若々しくって、男の僕が言うのも変ですが、ジーンズ姿のおしりのあたりが非常にセクシーなんですよね(^_^;) もって生まれたセクシーさなのか、そのあたりが主人公の生き様の危なげな点とオーバーラップして似合っていると思います。

 対する偽札造りの犯人役は、爬虫類顔で悪役をやらせれば天下一品なウィレム・デフォー。

個人的には、彼は「ストリート・オブ・ファイアー」(ウォルター・ヒル監督)でのレイベン役が最高にハマっていて、未だにナンバーワンの悪役だと思っています。

本作でも、冒頭に偽札を作るシーンがあるのですが、そのプロフェッショナルな雰囲気だとか、主人公とはまた違った形でのセクシーさがあり、敵として申し分ないキャラと配役であったと思います。


 さて、この映画はアクション映画ですので、「アクション」部分について語りたいと思います。

個人的にこの映画で一番好きなアクション場面ってのは、みんなが取り上げるカーチェイスのシーンでは無いのです。

いや、アクション・シーンとすら言えないかもしれませんが、冒頭あたりの空港のシーンで、主人公がジョン・タトゥーロ演じる容疑者を空港ロビーからトイレまで走って追っかけるシーンがあるのですが、その走る!走る!って感じ、特に動く歩道の手すり部分に駆け上がって突っ走る!って姿には、もうシビレまくりでした。

そう、僕はアクション映画、特に刑事アクションでは主人公の「走る」姿に惚れるんですね。
例えばピーター・アイアムズの傑作「破壊!」って刑事アクションでも、マンションからショッピング・センターまで犯人を追っかけて走る!走る!走る!って姿をカメラが追っかけるシーンが延々と続くのですが、そうした人間が足で稼ぐ躍動感ってのは、下手な爆破シーンやカー・チェイスや銃撃戦などのシーンよりも、よっぽどアクションを感じさせるんですよね(^_^)

だから、ラストがイマイチだった「ミッション・インポッシブル3」でも、ラスト近くに中国の裏路地をイーサン・ハントが駆け抜けていくシーンには、そこだけ絶賛したくなる精神を感じたのです。

もちろん、この映画の中盤の大カー・チェイスも好きなのですが、個人的にはハイウェイの逆走シーンよりも、そこに入る前の運河の川床みたいな所を駆け抜けていくシーンなんかの方が、絵的に好きでしたね(^_^;)


 この映画を語る際に、忘れてならないのが音楽を担当したワン・チャンの存在です。

いきなり「ワン・チャン」と言われても分からないと思いますが(^_^;)
ワン・チャンとはWANG CHUNGとつづり、80年代を代表する大ヒットポップ曲「エブリバディ・ハブ・ファン・トゥナイト」を歌ったグループです。

当時は、この曲の入った「モザイク」が大ヒットし、存在自体が大きく知られていたのですが、そのポップ・デュオ・グループのワン・チャンを音楽に大きくフィーチャーしたのが、ウィリアム・フリードキンなのです。

しかも、単に「テーマ曲を提供します」って程度の扱いなら、普通の話なんですが、この映画ではいわゆるサウンド・トラックの部分もワン・チャンが担当しいるため、冒頭とエンディングの歌以外にも、ドラマ部分のサウンドをキレの良いポップ・ロックサウンドで包んでいるのです。

この映画が、同じフリードキンの監督作でも70年代の「フレンチ・コネクション」と大きく雰囲気を変えているのも、ドラマの部分よりも、この音楽演出による部分が大きいと思います。もちろん、ドラマ演出も非常に若々しくってシャープなのですが、音楽のセンスが非常に若くて、映画全体を若々しくヴィヴィッドに印象付ける最大の要素になっていると思います。

サントラも、当然、ワン・チャンのみのクレジットで作られています。
アナログ盤のA面はヴォーカル曲が、B面はインスト曲が入っています。

CDの曲順で言うと、1曲目の「To Live and Die in L.A.」が映画の原題そのままで、映画では冒頭に軽く流されるだけでもったいない使い方をされるのですが、曲としては非常に魅力的な曲です。

4曲目の「Wait」は、映画のエンド・クレジットで流れるのですが、主人公の暴走後の破滅的なラストを象徴するに相応しい曲調であったと思います。

5曲目の「City of the Angels」は、映画のタイトル・バックに流れるインストですが、これがいい!すげぇスピード感あふれる曲であり、ロスの街角でやり取りされる偽札の風景のバックに合わせるように流れるのが良いですね。
この曲を聴いただけでも、映画の風景がまぶたに浮かびます。

とにかく、サントラとしてだけでなく、オリジナルのワン・チャンのアルバムとしても良く出来ており、サントラだけでも十分に楽しめる内容となっています。


 この映画では、偽札造りがメインになっているだけに、冒頭でウィレム・デフォーが演じる犯人が偽札を作るシーンがかなり細かく描かれています。

ワン・チャンの軽快な曲に乗せて、スピーディーに描かれるシーンではありますが、僕が好きな「プロフェッショナルの仕事を描く」って点でも、この映画の偽札造りのシーンは「本当にこうやって作っているのかも?」と思わせるリアルさがあって好きでしたね。

映画って、こうしたディーテイルのリアルさってのが、全体の雰囲気のリアルさにつながりますからね。

 他にも、邦題は「L.A.大捜査線/狼たちの街」と、どっちがメイン・タイトルなのか分からない邦題となっていますが、原題「To Live and Die in L.A.」ってタイトルは絶妙で素晴らしいですね。

「LAで生きて死ぬこと」と、生きざまや刹那的な雰囲気まで漂います。

特に、オープニング・タイトルが出るシーンで、大きくロゴが出てパームツリーが映るあたり、センスの良いタイトル部分だったと思います。

 この映画には原作小説があります。

僕も当時、読みました。ジェラルド・ペティヴィッチの「LA走査線」(早川文庫)がそれですが、今は絶版になっていて入手困難ですね(^_^;)

ペティヴィッチ自身が、元シークレット・サーヴィスであり、その意味では非常にリアルに描かれている小説でした。ただ、ラストあたりはやはり映画とは全く違っていて、映画は映画的に処理したな、と思ったものですが、結果としては映画の方が何倍も輝いて見える作品になっていたと思います。

ペティヴィッチの作品では、同じく早川文庫で、これも絶版となっている「ゆすり」ってのが、ページ数が短い割には非常に面白い内容となっていて、小説としては「LA走査線」よりも面白かった印象があります。

また、比較的最近の「謀殺の星条旗」は、マイケル・ダグラスとキーファー・サザーランド主演で「ザ・センチネル」として映画化されており、観てみたい作品です。


〔関連作品〕

2006年8月22日 (火)

「ジャガーノート」

この映画を観ずに死ねるか!

「ジャガーノート」
(監督)リチャード・レスター(出演)リチャード・ハリス、オマー・シャリフ、アンソニー・ホプキンス、イアン・ホルム



 今回紹介するのは、リチャード・レスター監督の「ジャガーノート」です。

 アクション映画・サスペンス映画のファンを自認するなら、この映画を観ずして何を語る!ってくらい、ぜひ観て欲しい傑作映画の一本です。

いやもう、何が凄いって、爆弾の登場する映画の中でも「爆弾の解体」これのみを描いて、それだけで手に汗握るサスペンス映画を一本作ってしまったってんだから、その心意気の素晴らしさを見習って欲しい!ヤン・デ・ボンさん!(いや、「スピード」もそれなりに面白いんですけどね(^_^;))。

これだけ潔く「爆弾の解体」を真正面から扱う映画って、あとは劇場未公開の「ファイナルカット」(ロジャー・クリスチャン監督、サム・エリオット主演)くらいでしょうか(ジュード・ロウ主演の「ファイナル・カット」でもなく、ロビン・ウィリアムズ主演の「ファイナル・カット」でもありません(^_^;) DVD化されておらず、ビデオのみで入手困難ですね(^_^;))。

あ、あとは「ブローン・アウェイ」(スティーヴン・ホプキンス監督、ジェフ・ブリッジス、トミー・リー・ジョーンズ主演)って大傑作もあったか(^_^;)


 話は「ジャガーノート」に戻って・・・

この映画は、大西洋を航行中の豪華客船「ブリタニック号」にドラム缶型の爆弾が複数仕掛けられ、身代金を要求されるってもの。

イギリス本土では警察が犯人捜査を続けるのですが、同時に爆発物処理班が荒れる大西洋にパラシュート降下して船に乗り込み、爆弾解体を始めます。

で、中盤以降はラストまで、もう「トラップだらけの爆弾解体」、これのみを描いてるんですが、これが映像的に地味であるにもかかわらず、サスペンスとして非常に緊迫感あふれるドラマに仕上がっているんですよね。
犯人捜査の部分も、これはこれでサスペンスとして非常によく出来ているのですが、やはり見所は爆弾解体、この部分に映画のすべての比重が置かれていると言っても過言ではないでしょう。

映画全編が、どこかドキュメンタリー・タッチな雰囲気なのは、ビートルズの映画なども手がけているリチャード・レスターらしい演出かも知れません。

イギリスが舞台って事もあり、このドキュメンタリー・タッチな雰囲気もあいまって、ハリウッド製の派手なアクション映画を見慣れている目には、珍しく映るかもしれません。
いや、だからこそ、昨今の見た目が派手なだけのハリウッド製のジェットコースター・ムービーに飽きた人には是非観てもらいたい傑作なのです。

物語後半では、二人一組となって船内のドラム缶型爆弾を順番に解体して行きます。
同時進行で、無線で解体状況を聞きながら、イギリス本土の捜査本部で、黒板にチョークで爆弾の構造をひとつずつ書いてくあたりが、地味だけどプロっぽくて好きでしたね(^_^;)

あとはもう、本編をご覧ください(^_^) 至極の時間を過ごせるはずです。


 登場人物の中では、特に爆発物処理班のリーダー、シャロンを演じるリチャード・ハリスが一番の適役です。彼のイギリス人らしい風貌とプロフェッショナルな雰囲気が素晴らしいですし、「シャロンはチャ~ンピオン」と歌ってるあたりが茶目っ気あって良いです(*^。^*)

リチャード・ハリスと言えば、やはり「黄金の70年代」ってのを実感させてくれる俳優の一人ですね。
個人的には、この「ジャガーノート」と並んでサスペンスの傑作である「カサンドラ・クロス」の役柄が好きですし、他にも「オルカ」「黄金のランデブー」「ワイルド・ギース」などなど、忘れがたき作品が多くあります。

あと、名前は分からないのですが、同じく爆発物処理班でシャロンの相棒役を演じていた人も、地味ながら雰囲気が良くて印象に残っています。

他にも、イギリス本土の登場場面でメインを張るアンソニー・ホプキンスとイアン・ホルムが若い!これだけでも観る価値はあります(^_^;)
船の上では、オマー・シャリフ演じる船長も風格がありますが、コミカルな太っちょの船員さんが印象的でした。


 先に、「スピード」のヤン・デ・ボンも見習って欲しいと書きましたが、ほんと、「ジャガーノート」は、いかに一本気なストーリーが面白い作品を作り上げるかってお手本のような作品であり、次から次へと見せ場が登場する「ジェットコースター・ムービー」の元祖となってしまった「スピード」には、僕はこの映画の爪の垢を煎じて飲ませてあげたかったです。

確かに、あれはあれで面白いのですが、やはりアクション・サスペンス系の映画で爆弾を登場させておきながら、真正面から「解体」を描かなかったのは、僕は「スピード」の失敗点だと思いました。
やはり、あれはバスの中に舞台を限定するべきだったと思いますし、その中で解体するって展開は必ず欲しかった点でもありますからね。

個人的には、アクション・サスペンス系の映画に爆弾を登場させたんだったら、「爆発しなけりゃただの箱、解体しなけりゃただの爆薬」だと思っていますので(^_^;)

その意味では、「スピード」の元ネタとなった(のかな?)「新幹線大爆破」の方が、まだ爆弾自体を何とかしようとする姿勢を徹底しており、その精神は良しとする部分があって好きですね。

また、爆弾解体で思い出すのが、新谷かおるのマンガ「砂の薔薇」ですね。
爆弾解体のプロが登場し、それをテーマにしたエピソードは数多くありましたが、特に全世界同時に仕掛けられた爆弾を解体していくってエピソード、あれが一番、痺れたなぁ(^_^;) あれを元ネタにして渋いアクション・サスペンスを一本作って欲しいほどです。


〔関連作品〕

2006年8月16日 (水)

「エイリアン2」

この映画を観ずに死ねるか!

「エイリアン2」
ジームズ・キャメロン(監督)シガニー・ウィーバー(出演)



 今回紹介するのは、言わずと知れた戦う映画の監督、ジェームズ・キャメロン監督の「エイリアン2」です。

ただし、今現在DVDで手に入るのは、オリジナル劇場公開版ではなく、のちにディレクターズ・カットとして未公開シーンを追加した「完全版」のみです。

しかし、僕が「この映画を観ずに死ねるか!」と叫びたいのは、この「完全版」の方ではなく、オリジナルの劇場公開版の方なのです(理由は後述)。

DVDで「アルティメット版」が出た際には、「もしや」と思ってオリジナル劇場公開版も同梱してくれるかな?と思ったのですが、それも無く今に至ります。

今現在、オリジナル劇場公開版を観るには、LDかビデオでしか無いってのは非常に辛い現状ですね(^_^;)


 この作品、劇場で観たのですが、いまだに劇場で観たアクション映画では最高の作品だと思っています。

そう、僕はこの映画を「SF映画」ではなく、「アクション映画」として捕らえています(^ ^)

そして、当時から今に至るまで、「いままで観た映画の中で何が一番好きですか?」あるいは「何が最高だと思いますか?」って質問を受けたら、ためらわずに「キャメロンの『エイリアン2』だ!」と答えるでしょう。

それほどまでに、当時の劇場で観た時の興奮が忘れられないのです。

手に汗握る興奮、これに匹敵するのは、いまだかつて「エイリアン2」と「ダイ・ハード」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の3本のみでしょう。
この3本を越える興奮を与えてくれる作品に出会いたいが為に、日々、劇場に足を運んでいるようなものなのです。


 さて、この「エイリアン2」なのですが、原題を「ALIENS」と複数形にしており、その名のとおり、1作目の「エイリアン」が複数で襲ってくる作品です。

オリジナルのリドリー・スコット監督の「エイリアン」も、これまたSF映画の傑作であり、金字塔を打ち立てたエポック・メイキングな作品だと思います。
しかし、いかんせん僕が「エイリアン」を最初に観たのが劇場ではなく、TVでだったってのが、両作品の評価を分ける結果になりました。

確かにスコット監督の「エイリアン」も素晴らしいのですが、僕は断然、キャメロンの「エイリアン2」に軍配を挙げてしまうのです。

とにかく、それまでの「パート2もの」のイメージを払拭する内容・迫力だってのが、もうそれ自体で金字塔だと思います。
それまでは、たいてい大ヒット作の「パート2」って、1作目の6割~7割の面白さがせいぜいで、下手すれば駄作・・・いや、ほとんどが駄作と言っても過言ではないでしょう。

その理由は、監督が1作目と違うって点が大きいと思います。
必ずしも当てはまるわけではありませんが、ヒットした1作目はそれなりの監督の手腕があって当たったのですが、続編ではマイナーな監督にバトンタッチする事が多いので失敗する。しかも俳優がまったく違っているケースが多くてさらに失敗する可能性が高くなるってわけです。

しかし、この「エイリアン2」では、監督がバトンタッチし、しかも演出の方向性がまったく違う(一方のスコットが映像中心、もう一方のキャメロンがアクション中心)にもかかわらず、いや、方向性が違ったからこそ、見事に1作目を超えるパート2になったのだと思います。

もちろん、今「1作目を越える」と書きましたが、それは僕の受けた印象であり、作品としての完成度で言うと1作目も2作目もそれぞれに素晴らしいと言い直した方が良いかも知れませんが(^_^;)

いずれにしても、それまでの「パート2」ものの概念を払拭し、続編でも1作目を凌ぐ面白さを出せると証明した唯一無二の傑作が、この「エイリアン2」だと思います。


 さて、どこがそれほどまでに素晴らしいのか・・・

監督のジェームズ・キャメロンは、それまで「ターミネーター」でしか知らなかったのですが、あの作品だけでは、この「エイリアン2」が傑作になるかどうか?は判断できない点でしょう。

その後、キャメロンは「ターミネーター2」の大ヒットで再注目され、「タイタニック」で全世界を感動と興奮の渦に巻き込む事となるのですが、僕自身は、いまだに彼のフィルモグラフィの中では「エイリアン2」が最高であり、もうこれを超える作品を彼自身も撮る事は出来ないだろうと思っているくらいです。

この映画、前作の「エイリアン」の古典的手法のホラー映画作法をSF映画に持ち込んだのとは打って変わって、アクション映画作法をSF映画のシチュエーションに持ち込んでいるのです。

ですから、ジャンル分けでは必ず「SF映画」に入るこの作品を、僕はあくまで「アクション映画」として分類した上で「アクション映画の最高傑作」としてこの「エイリアン2」を絶賛したいのです。

では、どこが「アクション映画」として素晴らしいのか?と言えば、以下のとおりになります。

(1)キャラクターを見事に描き分けている。

(2)見知らぬ敵に包囲される恐怖感を見事に描いている。

(3)「これでもか!これでもか!」と、惜しげもなくクライマックスを畳み掛けてくる。


 まず(1)なのですが、この映画、数多くの登場人物(十数人)を登場させながら、それぞれのキャラクターを見事に使い分け、それぞれに見せ場を必ず一つは用意して観客の印象に残るようにしています。

主人公のリプリーは当然。しかし、当然とは言え、彼女が地獄のエイリアンの巣窟へと向かう動機付けを描く必要があったのですが、何度も見る悪夢をその具現化とし、彼女が海兵隊と共に地獄へ舞い戻る理由を見事に描いていたと思います。
また、ニュートとの出会いでその母性本能が強まり、同じく母性(?)で襲ってくるエイリアン・クイーンとの対決シーンは、まさに「母VS母」の激突となりました。

一方、海兵隊が右往左往する中、落ち着き払ってヘルメットを斜にかぶって敬礼する姿もキュートな、リプリーが母性本能を生む要因となるニュート。

リプリーを助け指揮官的存在となり、リプリーの「軌道上から核攻撃しましょう」の提案に「それがいい」と同意するヒックス。

前回のリプリーのもう一つのトラウマとなったアンドロイドの反逆のトラウマを払拭する存在となり、ラストには「やるじゃないか、人間にしてはね」と名セリフをはいたビショップ。

メカの専門家であり、冒頭でビショップに「ナイフの芸」を見せ付けられ唖然とし、極限場面では泣き言ばかり言っているが、最後はアドレナリン出まくりでヒステリックにエイリアンどもに「これでもか!お前も欲しいか!これでも食らえ!」とマシンガンの弾丸を食らわせまくり、最後は床下から這い出たエイリアンに床下に引きずり込まれたハドソン。

男まさりで、最後まで恐怖に屈せず戦士として戦い、見下していたゴーマンに「お前ってほんとにクソ野郎だな」と言って共に死んでいったバスケス。

部下からは徹底して馬鹿にされ、尊敬されずに軽んじられていたが、最後の最後で男気を見せて、遅れたバスケスを救いに行って共に爆死したゴーマン。

ある種、憎まれ役の典型のように、前作の裏切り者のアンドロイドの役を一手に引き受けたウェイランド湯谷の社員であるバーク。

いかにも海兵隊って感じで、その肉体を誇示していたが、最後はエイリアンの返り血を浴びて顔面やけどだらけで死んでいったドレイク。

コールド・スリープ装置から起きて、真っ先にしたのが葉巻をくわえる事だった、これまたいかにも海兵隊の鬼軍曹を絵に描いたようなエイポーン軍曹。

などなど、どのキャラにも魅力あふれる個性と見せ場を用意し、この手の群集ものの映画としても、それぞれを見事に描き分けている脚本と演出手腕には脱帽する次第です。

ま、同じくキャメロンの(これも僕は傑作と思っているけれど、世間の評価は低い)「アビス」では、同様に群集ものとして多くのキャラを登場させてはいますが、「エイリアン2」ほどには描き分けたり見せ場を作る事に成功してはおらず、エド・ハリスとメアリー・エリザベス・マストラントニオとマイケル・ビーンの3人だけが中心で動いている感じがしたのが残念でしたが(^_^;)


 次の(2)の、見知らぬ敵に包囲される恐怖。

これは、同時期にオリバー・ストーン監督の「プラトーン」が公開され、第2次ベトナム戦争映画ブームとなるのですが、あの「プラトーン」以上に「顔の見えない敵に包囲される恐怖」ってのを、僕は「エイリアン2」の方がより上手く描き切っていたと思うのです。

ベトナム人とエイリアンを比較するのは失礼かもしれませんが、二つの集団が戦う時に、一方の側の兵士の視点から戦いを見ると、闇夜から襲ってくる敵の存在が、顔が見えない=個性が見えない存在として、何者か分からない存在に闇夜の中で包囲されて襲われる恐怖感ってのが、ベトナムのジャングルの中で戦う米兵の中に存在したと思います。

あの感覚、闇夜で顔の見えない敵がどこから襲ってくるかわからない、倒しても倒しても雲霞の如く仲間の屍を乗り越えて恐怖を感じずに襲ってくる敵の存在の恐ろしさ・・・
これを、SF的設定にアクションを持ち込む事によって、見事に描ききっていたと思うのです。

また、この点が「エイリアン」よりも単に敵の数を多くしただけでは怖くもなんともないよ、と製作前に囁かれていたにもかかわらず、ここまで1作目と並ぶか超えるほどの恐怖感を描く事に成功した理由だと思います。

このあたりは、脚本を担当したキャメロン監督自身の演出手腕の冴えによるところが大きいと思います。

 この「見えない敵に包囲される恐怖」が一番に出ていたのが、最初にエイリアンどもに海兵隊員が包囲されるシーンです。

ここでは、例によってゴーマンが指揮車である装甲車の中にぬくぬくと陣取っているのですが、そこに並ぶモニターにそれぞれの海兵隊員たちの装着したカメラからのリアルタイム映像が流れています。

そこで、壁から、天井から、床からと襲ってくるエイリアンどもの映像が、兵士たちの持つカメラを通して「間接的」に描かれているってのが、観ているこちらにもとてつもない恐怖感を抱かせてくれます。

これはも、キャメロンの演出の勝利であり、見事の一言であったと思います。
普通なら、直接的にみんなが襲われる姿を描く方が、アクション映画的に派手に見えるのですが、敢えてエイリアンの姿を真正面から描かず、その「キーッ」「キーッ」って叫び声だけがマイクから聞こえてきて、あとはモニターの映像で兵士同士が「○○がやられた」「逃げようぜ」と言い合っている姿を描くだけ。

見えざる敵に襲われる恐怖を描くのに、これほど見事な演出は無いでしょう。


 最後に(3)の「これでもか!これでもか!」ってアクション演出手法です。

この「これでもか!」って手法は、「エイリアン2」の前に撮った「ターミネーター」でも活かされています。
タンクローリー爆破で済んだかな?と思いきや、肉体部分が焼け落ちて骨組みだけとなったターミネーターがムックリと起き上がり、追っかけてくる。
しかも、手製爆弾で体を吹っ飛ばしたと思いきや、上半身だけで這いつくばって執拗に追ってくるターミネーター。

「エイリアン2」でも、やはりクライマックスとして大気工場のカウントダウンからの脱出があり、そこで「ホッ」と一息ついて「助かった」と思わせて、いきなりビショップの体を貫く「何か」がズボッと現れ、エイリアン・クイーンの再登場!となる。

しかも、エイリアン・クイーンから逃げ惑うニュートを救うため、扉がグゥーンと開いたかと思うと、逆光を背景に浴びつつリプリーがパワー・ローダーで登場し、「その子から手を放しなさい!ビッチ!(クソ女)」と名セリフを吐く!

その後は、もう殴る殴る!

それまで、エイリアンには火炎放射器かマシンガンで吹っ飛ばすしか対抗する手段は無く、ましてや武器なしで素手で戦うなど有り得なかったのですが、このシーンでは、そのうっぷんを晴らすかの如く、気持ち良いほどにエイリアン・クイーンを素手でぶん殴る感覚で、リプリーがバッコンバッコンとぶん殴ってくれます。

その後、エアロックから放出されそうになるのを、大気工場のカウントダウンと同じ音楽でカウントダウンし、最後の最後でリプリーの安らかな寝顔で(本当の)安らぎのエンディングを迎え、エンドクレジットと同時に流れ出す安らぎの音楽を聞いて、観ていたこちらもやっと「ホッ」と一息ついて手に込めていた力を緩める事が出来たのです(^_^;)

このしつこさ!

これはもう、キャメロン独自のものと言えるのでしょうが、とにかく初めて劇場で観ていた時には、あのパワー・ローダーの登場シーンには、劇場内から失笑が漏れたほどです(^_^;) 僕は心の中で大拍手を送ったのですが、他の観客は「しつこいよ!」と思ったのか、はたまた僕同様に「やってくれたな!」とうれしい気持ちで失笑してしまったのか、分からず終いですね。

いずれにしても、僕は映画の前半で作業用ロボットとして登場した「パワー・ローダー」に非常にハマってしまい、そのガンダムのような「ガチッ!ガチッ!」と足やベルトをハメる感覚に狂喜し興奮したのです。
で、このシーンだけの登場だともったいないなぁ・・・と思っていただけに、ラストでの再登場に「やってくれたぜ!嬉しいぜ!」とばかりに心の中で拍手喝さいしたわけです。

ま、一般的には「そこまでするか」「まだクライマックスがつづくのか」と「しつこいなぁ」って感覚の方が強かったのかもしれませんが(^_^;)

そういえば、このしつこさはキャメロンの独壇場と書きましたが、実は前作「エイリアン」でも、ノストロモ号爆破でホッと一息を観客に付かせておいて、最後にリプリーのセクシーな下着姿が観れたかな・・・と思った瞬間に「ワッ!」と驚かされていましたね(^_^;)
1作目も、あれはあれでしつこくクライマックスを続けてくれていたのですが、ま、せいぜい2回くらいなもので、キャメロンの暑苦しいほどのしつこさとは違いましたが(^_^;)

 キャメロンの独特の持ち味で言えば、この「エイリアン2」で女性が戦う女性へと変貌して行き、倒れかけたヒックスを肩に担ぎながら「がんばんなさい」とばかりに叱咤するシーンなどは、彼の「ターミネーター」1作目で既にサラ・コナーの戦士への成長で描かれていたシーンです。

他にも「ターミネーター2」でも「アビス」でも強い女性を描いていますが、大ヒット作の「タイタニック」でも、次第に力強くなっていくローズの姿ってのは、サラ・コナーやリプリーの形を変えた姿だとも言えます。


 他にも素晴らしい点があります。

 まずはジェームズ・ホーナーの音楽。
これは、サントラを買って聞いてもらえばわかるのですが、とにかく盛り上げてくれる盛り上げてくれる!

リプリーが装甲車を駆ってエイリアンの巣窟へ突入するシーン、包囲された司令室から医務室へと後退し、ダクトの中へと逃げていく一連のシーン、カウントダウンに入って爆破寸前の大気工場からビショップの操縦するドロップ・シップで脱出するシーン、ラストのラスト、エアロックからエイリアン・クイーンを放出し、同じく放り出されそうになるのを扉を閉めて助かるシーン。

そのどれもが、ホーナーの見事な音楽によって、手に汗握る名アクション場面へと盛り上げてくれていました。

 次はメカ・デザイン。

キャメロン自身がオタクなのか、軍事関連の小道具から始まって、大型のドロップ・シップのデザインなど事細かに自身でデザイン画を描いて実際の小道具・大道具に仕立て上げたようです。

また、シド・ミードがデザインした宇宙船のデザインも素晴らしく、全体的に軍事色の強いドラマなのですが、小道具がどれもリアルでそれっぽいのも、雰囲気を盛り上げてくれていました。

個人的には、海兵隊員たちが装着しているカメラだとか、目の前に装着するスコープ(?)だとかがリアル感溢れて好きでした。


 この映画、マイナス点も無いわけではありません。

例えば、特撮の面です。

1作目のリドリー・スコット監督の「エイリアン」では、さすが映像派のスコットだけあって、映像と特撮へのこだわりが半端じゃなくって、特に造型面でH・R・ギーガーのエイリアンの造型が功を奏した面はありますが、それを実に「ヌメヌメ」した感覚で再現しているのが素晴らしかった。

例えば卵からフェイス・ハガーが孵るシーンでも、卵の半透明の中で何かがうごめくあたりだとか、或いはやはりエイリアンの顔のドアップのシーンで、ヌメヌメてらてらしたヨダレを垂らしつつ、エイリアンが口蓋内のもう一つの口を出してKる「シャーッ」って感じのシーン。あの質感と嫌らしさは最高に素晴らしかった。

翻って、キャメロンの「エイリアン2」にはそれが全くと言っていいほど無いんですよね(^_^;)

最初から芸術的側面は放棄したように、卵の頭が開いてフェイス・ハガーた登場するシーンも、いかにも手動ロボットが出てくる感じで、生き物が這い出てくるヌメヌメ感がこれっぽっちもありませんでしたから。


 さて、最後になりましたが、僕がこの「エイリアン2」を「完全版」の方ではなく、オリジナルの劇場公開版の方を絶賛する理由について書きたいと思います。

僕は「完全版」の方も、当然ながらマニアですので購入して観てはいるのですが、なぜか「完全版」の方では、あの閉塞感と手に汗握る「これでもか!」の興奮が味わえないのです。

理由の一つとしては、「完全版」には無人操作できるセントリー・ガンが登場し、けっこうな数のエイリアンどもをこれで撃退するシーンがあるのです。

確かにこのシーンでは、何百発もあるセントリー・ガンの銃弾が、モニター画面で次々に減っていく姿が描かれ、直接的にエイリアンの姿を描かずに、間接的に「これだけ有象無象のエイリアンどもが周りを取り囲んでいるんだぜ」って事を描くのには成功していると思います。
しかし、観ているこちらは「なんだ、オリジナルでは描かれていなかったけど、ほんとはそんなに大量の武器を持っていたんだ」って感じが、オリジナルの持っていた武器の少なさから来る無力感を削いでしまっていた気がするのです。

「完全版」を推す多くの人が指摘する点、リプリーには実は娘が居て、それがよみがえるまでの時間差によって既に娘が死亡していたってエピソード。これが、のちにニュートをなんとしても守ろうとする母性本能としての動機付けとなるエピソードとして評価が高いのですが、これも僕は逆に取って付けたような感じがして、オリジナルだけでもリプリーの母性本能は描けているんじゃないかな?と思ってしまったわけです。

ただし、冒頭に惑星アチェロンの植民地の崩壊まえの姿が描かれ、そこにチラリと「3」にも続く「ウェイランドユタニ」の会社名が登場するあたり、あるいはニュートの両親がフェイスハガーに襲われるシーンなどは、ま、あっても良かったエピソードかな?と思います。
しかし、これも健在な植民地の姿を描いてしまう事によって、海兵隊員が到着した時には廃墟と化している事の緊迫感が失われてしまったかな?と思います。

全体的に、追加されたシーンは、全体としてのアクションの流れと息詰まる閉塞感を削いでしまっており、キャメロンがスピード感を優先させる為に敢えてこれらのシーンをカットしたってのが、納得の行くシーンばかりでした。

 ただし、キャメロンののちの作品「アビス」「ターミネーター2」に於いても、同様に「アビス/完全版」「ターミネーター2/特別編」として、未公開シーンを加えたバージョンが登場するのですが、こちらは実は、僕もオリジナルよりもディレクターズ・カットの追加版の方が、両方とも素晴らしいと思ったし、なんで最初からこっちを公開しなかったんだ?って大切なシーンばかり追加されていたと思います。

「アビス/完全版」では、地上の人類への津波による警告のシーンがあり、海底のエイリアンの意図ってのが正面から描かれていて、「あれをカットしては駄目だろう」と思った次第ですし、「ターミネーター2/特別編」では、サラ・コナーがカイル・リースと夢の中で出会って、例の「運命ではない」って言葉を聞くシーンがありますし、ターミネーターがより人間臭くなる理由も描かれていますし、T-1000のラストでの機能不良もきっちり描かれているしで、どう考えても「特別編」の方が公開されてしかるべきだったと思います。

特に「アビス」に関しては、あれはカットしては駄目だったろうと強く思う次第です。

 いずれにしても、どちらが良いかは観る観客が判断することですし、僕はいまだにオリジナルの劇場公開版の「エイリアン2」がDVD化されていない現状には、強い不満を持っています。

それはあたかも、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」が3バージョンもありながら、いまだにDVD化されているのが「ディレクターズ・カット」である「ブレードランナー 最終版」のみであるって点への不満にも似たものがあります。


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2006年8月 4日 (金)

「サブウェイ・パニック」

この映画を観ずに死ねるか!
「サブウェイ・パニック」



 最近、面白い映画が無いとお嘆きの貴兄に、最高にお薦めなのがこの1本、ウォルター・マッソー主演の「サブウェイ・パニック」なのです。

これを単なる「パニックもの」と思うなかれ!

パニック映画の金字塔!これぞ、アクション映画中のアクション映画、無駄なラブ・ストーリーなんかでお茶を濁さず、のっけから事件が始まって、事件が終わって映画が終わる。これのみ。このシンプルさがアクション映画の命です。

その意味では「ジャガーノート」に並ぶ、渋好みアクション映画ファンも大満足の傑作でしょう。

日本人視察団のユーモアも交えつつ、手に汗握るサスペンスもありつつ、やはりなんと言ってもラストのウォルター・マッソーの「表情」!
これのみでも、映画史上に残る最高のエンディング・シーンと言っても過言ではないでしょう。

まさに「これを見ずして死ねるか!」って男心をくすぐる傑作です 。
多くを語りたいけれど、逆に語らずに「面白い!」とひとこと言えば全て語りつくした事になる傑作がこれです。

騙されたと思って、死ぬまでに一度は観てください(^^)


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