この映画を観ずに死ねるか!
「エイリアン2」
ジームズ・キャメロン(監督)シガニー・ウィーバー(出演)
今回紹介するのは、言わずと知れた戦う映画の監督、ジェームズ・キャメロン監督の「エイリアン2」です。
ただし、今現在DVDで手に入るのは、オリジナル劇場公開版ではなく、のちにディレクターズ・カットとして未公開シーンを追加した「完全版」のみです。
しかし、僕が「この映画を観ずに死ねるか!」と叫びたいのは、この「完全版」の方ではなく、オリジナルの劇場公開版の方なのです(理由は後述)。
DVDで「アルティメット版」が出た際には、「もしや」と思ってオリジナル劇場公開版も同梱してくれるかな?と思ったのですが、それも無く今に至ります。
今現在、オリジナル劇場公開版を観るには、LDかビデオでしか無いってのは非常に辛い現状ですね(^_^;)
この作品、劇場で観たのですが、いまだに劇場で観たアクション映画では最高の作品だと思っています。
そう、僕はこの映画を「SF映画」ではなく、「アクション映画」として捕らえています(^ ^)
そして、当時から今に至るまで、「いままで観た映画の中で何が一番好きですか?」あるいは「何が最高だと思いますか?」って質問を受けたら、ためらわずに「キャメロンの『エイリアン2』だ!」と答えるでしょう。
それほどまでに、当時の劇場で観た時の興奮が忘れられないのです。
手に汗握る興奮、これに匹敵するのは、いまだかつて「エイリアン2」と「ダイ・ハード」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の3本のみでしょう。
この3本を越える興奮を与えてくれる作品に出会いたいが為に、日々、劇場に足を運んでいるようなものなのです。
さて、この「エイリアン2」なのですが、原題を「ALIENS」と複数形にしており、その名のとおり、1作目の「エイリアン」が複数で襲ってくる作品です。
オリジナルのリドリー・スコット監督の「エイリアン」も、これまたSF映画の傑作であり、金字塔を打ち立てたエポック・メイキングな作品だと思います。
しかし、いかんせん僕が「エイリアン」を最初に観たのが劇場ではなく、TVでだったってのが、両作品の評価を分ける結果になりました。
確かにスコット監督の「エイリアン」も素晴らしいのですが、僕は断然、キャメロンの「エイリアン2」に軍配を挙げてしまうのです。
とにかく、それまでの「パート2もの」のイメージを払拭する内容・迫力だってのが、もうそれ自体で金字塔だと思います。
それまでは、たいてい大ヒット作の「パート2」って、1作目の6割~7割の面白さがせいぜいで、下手すれば駄作・・・いや、ほとんどが駄作と言っても過言ではないでしょう。
その理由は、監督が1作目と違うって点が大きいと思います。
必ずしも当てはまるわけではありませんが、ヒットした1作目はそれなりの監督の手腕があって当たったのですが、続編ではマイナーな監督にバトンタッチする事が多いので失敗する。しかも俳優がまったく違っているケースが多くてさらに失敗する可能性が高くなるってわけです。
しかし、この「エイリアン2」では、監督がバトンタッチし、しかも演出の方向性がまったく違う(一方のスコットが映像中心、もう一方のキャメロンがアクション中心)にもかかわらず、いや、方向性が違ったからこそ、見事に1作目を超えるパート2になったのだと思います。
もちろん、今「1作目を越える」と書きましたが、それは僕の受けた印象であり、作品としての完成度で言うと1作目も2作目もそれぞれに素晴らしいと言い直した方が良いかも知れませんが(^_^;)
いずれにしても、それまでの「パート2」ものの概念を払拭し、続編でも1作目を凌ぐ面白さを出せると証明した唯一無二の傑作が、この「エイリアン2」だと思います。
さて、どこがそれほどまでに素晴らしいのか・・・
監督のジェームズ・キャメロンは、それまで「ターミネーター」でしか知らなかったのですが、あの作品だけでは、この「エイリアン2」が傑作になるかどうか?は判断できない点でしょう。
その後、キャメロンは「ターミネーター2」の大ヒットで再注目され、「タイタニック」で全世界を感動と興奮の渦に巻き込む事となるのですが、僕自身は、いまだに彼のフィルモグラフィの中では「エイリアン2」が最高であり、もうこれを超える作品を彼自身も撮る事は出来ないだろうと思っているくらいです。
この映画、前作の「エイリアン」の古典的手法のホラー映画作法をSF映画に持ち込んだのとは打って変わって、アクション映画作法をSF映画のシチュエーションに持ち込んでいるのです。
ですから、ジャンル分けでは必ず「SF映画」に入るこの作品を、僕はあくまで「アクション映画」として分類した上で「アクション映画の最高傑作」としてこの「エイリアン2」を絶賛したいのです。
では、どこが「アクション映画」として素晴らしいのか?と言えば、以下のとおりになります。
(1)キャラクターを見事に描き分けている。
(2)見知らぬ敵に包囲される恐怖感を見事に描いている。
(3)「これでもか!これでもか!」と、惜しげもなくクライマックスを畳み掛けてくる。
まず(1)なのですが、この映画、数多くの登場人物(十数人)を登場させながら、それぞれのキャラクターを見事に使い分け、それぞれに見せ場を必ず一つは用意して観客の印象に残るようにしています。
主人公のリプリーは当然。しかし、当然とは言え、彼女が地獄のエイリアンの巣窟へと向かう動機付けを描く必要があったのですが、何度も見る悪夢をその具現化とし、彼女が海兵隊と共に地獄へ舞い戻る理由を見事に描いていたと思います。
また、ニュートとの出会いでその母性本能が強まり、同じく母性(?)で襲ってくるエイリアン・クイーンとの対決シーンは、まさに「母VS母」の激突となりました。
一方、海兵隊が右往左往する中、落ち着き払ってヘルメットを斜にかぶって敬礼する姿もキュートな、リプリーが母性本能を生む要因となるニュート。
リプリーを助け指揮官的存在となり、リプリーの「軌道上から核攻撃しましょう」の提案に「それがいい」と同意するヒックス。
前回のリプリーのもう一つのトラウマとなったアンドロイドの反逆のトラウマを払拭する存在となり、ラストには「やるじゃないか、人間にしてはね」と名セリフをはいたビショップ。
メカの専門家であり、冒頭でビショップに「ナイフの芸」を見せ付けられ唖然とし、極限場面では泣き言ばかり言っているが、最後はアドレナリン出まくりでヒステリックにエイリアンどもに「これでもか!お前も欲しいか!これでも食らえ!」とマシンガンの弾丸を食らわせまくり、最後は床下から這い出たエイリアンに床下に引きずり込まれたハドソン。
男まさりで、最後まで恐怖に屈せず戦士として戦い、見下していたゴーマンに「お前ってほんとにクソ野郎だな」と言って共に死んでいったバスケス。
部下からは徹底して馬鹿にされ、尊敬されずに軽んじられていたが、最後の最後で男気を見せて、遅れたバスケスを救いに行って共に爆死したゴーマン。
ある種、憎まれ役の典型のように、前作の裏切り者のアンドロイドの役を一手に引き受けたウェイランド湯谷の社員であるバーク。
いかにも海兵隊って感じで、その肉体を誇示していたが、最後はエイリアンの返り血を浴びて顔面やけどだらけで死んでいったドレイク。
コールド・スリープ装置から起きて、真っ先にしたのが葉巻をくわえる事だった、これまたいかにも海兵隊の鬼軍曹を絵に描いたようなエイポーン軍曹。
などなど、どのキャラにも魅力あふれる個性と見せ場を用意し、この手の群集ものの映画としても、それぞれを見事に描き分けている脚本と演出手腕には脱帽する次第です。
ま、同じくキャメロンの(これも僕は傑作と思っているけれど、世間の評価は低い)「アビス」では、同様に群集ものとして多くのキャラを登場させてはいますが、「エイリアン2」ほどには描き分けたり見せ場を作る事に成功してはおらず、エド・ハリスとメアリー・エリザベス・マストラントニオとマイケル・ビーンの3人だけが中心で動いている感じがしたのが残念でしたが(^_^;)
次の(2)の、見知らぬ敵に包囲される恐怖。
これは、同時期にオリバー・ストーン監督の「プラトーン」が公開され、第2次ベトナム戦争映画ブームとなるのですが、あの「プラトーン」以上に「顔の見えない敵に包囲される恐怖」ってのを、僕は「エイリアン2」の方がより上手く描き切っていたと思うのです。
ベトナム人とエイリアンを比較するのは失礼かもしれませんが、二つの集団が戦う時に、一方の側の兵士の視点から戦いを見ると、闇夜から襲ってくる敵の存在が、顔が見えない=個性が見えない存在として、何者か分からない存在に闇夜の中で包囲されて襲われる恐怖感ってのが、ベトナムのジャングルの中で戦う米兵の中に存在したと思います。
あの感覚、闇夜で顔の見えない敵がどこから襲ってくるかわからない、倒しても倒しても雲霞の如く仲間の屍を乗り越えて恐怖を感じずに襲ってくる敵の存在の恐ろしさ・・・
これを、SF的設定にアクションを持ち込む事によって、見事に描ききっていたと思うのです。
また、この点が「エイリアン」よりも単に敵の数を多くしただけでは怖くもなんともないよ、と製作前に囁かれていたにもかかわらず、ここまで1作目と並ぶか超えるほどの恐怖感を描く事に成功した理由だと思います。
このあたりは、脚本を担当したキャメロン監督自身の演出手腕の冴えによるところが大きいと思います。
この「見えない敵に包囲される恐怖」が一番に出ていたのが、最初にエイリアンどもに海兵隊員が包囲されるシーンです。
ここでは、例によってゴーマンが指揮車である装甲車の中にぬくぬくと陣取っているのですが、そこに並ぶモニターにそれぞれの海兵隊員たちの装着したカメラからのリアルタイム映像が流れています。
そこで、壁から、天井から、床からと襲ってくるエイリアンどもの映像が、兵士たちの持つカメラを通して「間接的」に描かれているってのが、観ているこちらにもとてつもない恐怖感を抱かせてくれます。
これはも、キャメロンの演出の勝利であり、見事の一言であったと思います。
普通なら、直接的にみんなが襲われる姿を描く方が、アクション映画的に派手に見えるのですが、敢えてエイリアンの姿を真正面から描かず、その「キーッ」「キーッ」って叫び声だけがマイクから聞こえてきて、あとはモニターの映像で兵士同士が「○○がやられた」「逃げようぜ」と言い合っている姿を描くだけ。
見えざる敵に襲われる恐怖を描くのに、これほど見事な演出は無いでしょう。
最後に(3)の「これでもか!これでもか!」ってアクション演出手法です。
この「これでもか!」って手法は、「エイリアン2」の前に撮った「ターミネーター」でも活かされています。
タンクローリー爆破で済んだかな?と思いきや、肉体部分が焼け落ちて骨組みだけとなったターミネーターがムックリと起き上がり、追っかけてくる。
しかも、手製爆弾で体を吹っ飛ばしたと思いきや、上半身だけで這いつくばって執拗に追ってくるターミネーター。
「エイリアン2」でも、やはりクライマックスとして大気工場のカウントダウンからの脱出があり、そこで「ホッ」と一息ついて「助かった」と思わせて、いきなりビショップの体を貫く「何か」がズボッと現れ、エイリアン・クイーンの再登場!となる。
しかも、エイリアン・クイーンから逃げ惑うニュートを救うため、扉がグゥーンと開いたかと思うと、逆光を背景に浴びつつリプリーがパワー・ローダーで登場し、「その子から手を放しなさい!ビッチ!(クソ女)」と名セリフを吐く!
その後は、もう殴る殴る!
それまで、エイリアンには火炎放射器かマシンガンで吹っ飛ばすしか対抗する手段は無く、ましてや武器なしで素手で戦うなど有り得なかったのですが、このシーンでは、そのうっぷんを晴らすかの如く、気持ち良いほどにエイリアン・クイーンを素手でぶん殴る感覚で、リプリーがバッコンバッコンとぶん殴ってくれます。
その後、エアロックから放出されそうになるのを、大気工場のカウントダウンと同じ音楽でカウントダウンし、最後の最後でリプリーの安らかな寝顔で(本当の)安らぎのエンディングを迎え、エンドクレジットと同時に流れ出す安らぎの音楽を聞いて、観ていたこちらもやっと「ホッ」と一息ついて手に込めていた力を緩める事が出来たのです(^_^;)
このしつこさ!
これはもう、キャメロン独自のものと言えるのでしょうが、とにかく初めて劇場で観ていた時には、あのパワー・ローダーの登場シーンには、劇場内から失笑が漏れたほどです(^_^;) 僕は心の中で大拍手を送ったのですが、他の観客は「しつこいよ!」と思ったのか、はたまた僕同様に「やってくれたな!」とうれしい気持ちで失笑してしまったのか、分からず終いですね。
いずれにしても、僕は映画の前半で作業用ロボットとして登場した「パワー・ローダー」に非常にハマってしまい、そのガンダムのような「ガチッ!ガチッ!」と足やベルトをハメる感覚に狂喜し興奮したのです。
で、このシーンだけの登場だともったいないなぁ・・・と思っていただけに、ラストでの再登場に「やってくれたぜ!嬉しいぜ!」とばかりに心の中で拍手喝さいしたわけです。
ま、一般的には「そこまでするか」「まだクライマックスがつづくのか」と「しつこいなぁ」って感覚の方が強かったのかもしれませんが(^_^;)
そういえば、このしつこさはキャメロンの独壇場と書きましたが、実は前作「エイリアン」でも、ノストロモ号爆破でホッと一息を観客に付かせておいて、最後にリプリーのセクシーな下着姿が観れたかな・・・と思った瞬間に「ワッ!」と驚かされていましたね(^_^;)
1作目も、あれはあれでしつこくクライマックスを続けてくれていたのですが、ま、せいぜい2回くらいなもので、キャメロンの暑苦しいほどのしつこさとは違いましたが(^_^;)
キャメロンの独特の持ち味で言えば、この「エイリアン2」で女性が戦う女性へと変貌して行き、倒れかけたヒックスを肩に担ぎながら「がんばんなさい」とばかりに叱咤するシーンなどは、彼の「ターミネーター」1作目で既にサラ・コナーの戦士への成長で描かれていたシーンです。
他にも「ターミネーター2」でも「アビス」でも強い女性を描いていますが、大ヒット作の「タイタニック」でも、次第に力強くなっていくローズの姿ってのは、サラ・コナーやリプリーの形を変えた姿だとも言えます。
他にも素晴らしい点があります。
まずはジェームズ・ホーナーの音楽。
これは、サントラを買って聞いてもらえばわかるのですが、とにかく盛り上げてくれる盛り上げてくれる!
リプリーが装甲車を駆ってエイリアンの巣窟へ突入するシーン、包囲された司令室から医務室へと後退し、ダクトの中へと逃げていく一連のシーン、カウントダウンに入って爆破寸前の大気工場からビショップの操縦するドロップ・シップで脱出するシーン、ラストのラスト、エアロックからエイリアン・クイーンを放出し、同じく放り出されそうになるのを扉を閉めて助かるシーン。
そのどれもが、ホーナーの見事な音楽によって、手に汗握る名アクション場面へと盛り上げてくれていました。
次はメカ・デザイン。
キャメロン自身がオタクなのか、軍事関連の小道具から始まって、大型のドロップ・シップのデザインなど事細かに自身でデザイン画を描いて実際の小道具・大道具に仕立て上げたようです。
また、シド・ミードがデザインした宇宙船のデザインも素晴らしく、全体的に軍事色の強いドラマなのですが、小道具がどれもリアルでそれっぽいのも、雰囲気を盛り上げてくれていました。
個人的には、海兵隊員たちが装着しているカメラだとか、目の前に装着するスコープ(?)だとかがリアル感溢れて好きでした。
この映画、マイナス点も無いわけではありません。
例えば、特撮の面です。
1作目のリドリー・スコット監督の「エイリアン」では、さすが映像派のスコットだけあって、映像と特撮へのこだわりが半端じゃなくって、特に造型面でH・R・ギーガーのエイリアンの造型が功を奏した面はありますが、それを実に「ヌメヌメ」した感覚で再現しているのが素晴らしかった。
例えば卵からフェイス・ハガーが孵るシーンでも、卵の半透明の中で何かがうごめくあたりだとか、或いはやはりエイリアンの顔のドアップのシーンで、ヌメヌメてらてらしたヨダレを垂らしつつ、エイリアンが口蓋内のもう一つの口を出してKる「シャーッ」って感じのシーン。あの質感と嫌らしさは最高に素晴らしかった。
翻って、キャメロンの「エイリアン2」にはそれが全くと言っていいほど無いんですよね(^_^;)
最初から芸術的側面は放棄したように、卵の頭が開いてフェイス・ハガーた登場するシーンも、いかにも手動ロボットが出てくる感じで、生き物が這い出てくるヌメヌメ感がこれっぽっちもありませんでしたから。
さて、最後になりましたが、僕がこの「エイリアン2」を「完全版」の方ではなく、オリジナルの劇場公開版の方を絶賛する理由について書きたいと思います。
僕は「完全版」の方も、当然ながらマニアですので購入して観てはいるのですが、なぜか「完全版」の方では、あの閉塞感と手に汗握る「これでもか!」の興奮が味わえないのです。
理由の一つとしては、「完全版」には無人操作できるセントリー・ガンが登場し、けっこうな数のエイリアンどもをこれで撃退するシーンがあるのです。
確かにこのシーンでは、何百発もあるセントリー・ガンの銃弾が、モニター画面で次々に減っていく姿が描かれ、直接的にエイリアンの姿を描かずに、間接的に「これだけ有象無象のエイリアンどもが周りを取り囲んでいるんだぜ」って事を描くのには成功していると思います。
しかし、観ているこちらは「なんだ、オリジナルでは描かれていなかったけど、ほんとはそんなに大量の武器を持っていたんだ」って感じが、オリジナルの持っていた武器の少なさから来る無力感を削いでしまっていた気がするのです。
「完全版」を推す多くの人が指摘する点、リプリーには実は娘が居て、それがよみがえるまでの時間差によって既に娘が死亡していたってエピソード。これが、のちにニュートをなんとしても守ろうとする母性本能としての動機付けとなるエピソードとして評価が高いのですが、これも僕は逆に取って付けたような感じがして、オリジナルだけでもリプリーの母性本能は描けているんじゃないかな?と思ってしまったわけです。
ただし、冒頭に惑星アチェロンの植民地の崩壊まえの姿が描かれ、そこにチラリと「3」にも続く「ウェイランドユタニ」の会社名が登場するあたり、あるいはニュートの両親がフェイスハガーに襲われるシーンなどは、ま、あっても良かったエピソードかな?と思います。
しかし、これも健在な植民地の姿を描いてしまう事によって、海兵隊員が到着した時には廃墟と化している事の緊迫感が失われてしまったかな?と思います。
全体的に、追加されたシーンは、全体としてのアクションの流れと息詰まる閉塞感を削いでしまっており、キャメロンがスピード感を優先させる為に敢えてこれらのシーンをカットしたってのが、納得の行くシーンばかりでした。
ただし、キャメロンののちの作品「アビス」「ターミネーター2」に於いても、同様に「アビス/完全版」「ターミネーター2/特別編」として、未公開シーンを加えたバージョンが登場するのですが、こちらは実は、僕もオリジナルよりもディレクターズ・カットの追加版の方が、両方とも素晴らしいと思ったし、なんで最初からこっちを公開しなかったんだ?って大切なシーンばかり追加されていたと思います。
「アビス/完全版」では、地上の人類への津波による警告のシーンがあり、海底のエイリアンの意図ってのが正面から描かれていて、「あれをカットしては駄目だろう」と思った次第ですし、「ターミネーター2/特別編」では、サラ・コナーがカイル・リースと夢の中で出会って、例の「運命ではない」って言葉を聞くシーンがありますし、ターミネーターがより人間臭くなる理由も描かれていますし、T-1000のラストでの機能不良もきっちり描かれているしで、どう考えても「特別編」の方が公開されてしかるべきだったと思います。
特に「アビス」に関しては、あれはカットしては駄目だったろうと強く思う次第です。
いずれにしても、どちらが良いかは観る観客が判断することですし、僕はいまだにオリジナルの劇場公開版の「エイリアン2」がDVD化されていない現状には、強い不満を持っています。
それはあたかも、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」が3バージョンもありながら、いまだにDVD化されているのが「ディレクターズ・カット」である「ブレードランナー 最終版」のみであるって点への不満にも似たものがあります。
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